はじめまして。わたしはライターの　いからしひろき　といいます。おもに雑誌の取材記事やテレビの構成台本、近ごろはウェブでも仕事をしています。仕事がら全国各地に行くのですが、食いしん坊なのでやはり“食”に目が行ってしまいます。ですが、紙幅の都合などで、全てを紹介することができません。そこで、これまでに旅した中で、「これは忘れられない！」という味を、近くの温泉スポットとともに、ご紹介していこうと思います。さて、記念すべき第一回は、長野の「おにかけそば」です。長野といえばそば処として有名ですよね。信州の高地の寒冷な気候と痩せた土地が、良質なそばの栽培に適しているのだそうです。戸隠、乗鞍、松本、千曲川沿いの小諸もそばの栽培が盛んです。長野のそばは、そば自体の風味の良さもさることながら、さまざまな食べ方があるのも特徴です。例えば、辛味大根のおろしと焼き味噌を混ぜたつゆで食べる「行者そば」、山の幸のくるみをたっぷりすった「くるみそば」、そして木曽地方には“すんき漬け”というカブの葉を乳酸発酵させたものを刻んで乗せる「すんきそば」など、他では見られないものばかり。まさに唯一無二のそば王国です。この「おにかけそば」も、長野を代表する郷土そばです。その名から“鬼”を連想してしまいますが、じつは名前だけ聞いたことがあって、実際に食べたことはありませんでした。はたしてどんなそばなのか？鬼みたいに辛いそば？　それとも鬼のように何かをかけたそば？自分の中では長く“正体不明の謎そば”でありました。そして、ついに初対面の日を迎えたのです。場所は、小諸市にある『はりこし亭』。<img class="wp-image-12567 size-full" src="https://yukotabi.static.yukoyuko.net/wp-content/uploads/2018/02/image001-4.jpg" alt="はりこし亭" width="750" height="500" /> 雰囲気のある建物は登録有形文化財に指定されている北国街道沿いの旧家を移築し、平成14年に開業致した食事処です。その名の由来は、島崎藤村の『千曲川のスケッチ』の、“君はまだハリコシなどというものを食ったことがあるまい”という一節から。ハリコシとは、そば粉を原料とする焼き餅「はりこしまんじゅう」のことだそうです。このはりこし亭は、千曲川のすぐそばにあります。<img class="wp-image-12568 size-full" src="https://yukotabi.static.yukoyuko.net/wp-content/uploads/2018/02/image003-4.jpg" alt="はりこし亭内の様子" width="500" height="750" /> 大きな招き猫がお出迎え！店の中に入ると、太くて真っ黒な梁が張り巡らされていて、古い田舎の農家を思わせます。広い座敷も気分がのびのびとします。居るだけで時間がゆっくり流れるようなくつろいだ雰囲気の中で、懐石料理風の御膳や、変わりそば（ジェノベーゼそばなんてのも！）、そして信州の郷土料理をいただくことができます。<img class="wp-image-12569 size-full" src="https://yukotabi.static.yukoyuko.net/wp-content/uploads/2018/02/image005-4.jpg" alt="彩り野菜そば" width="750" height="500" /> 「彩り野菜そば」1,150円。右が噂のジェネベーゼつけダレ※タレは季節によって変わります。ここのメニューに「おにかけそば」があったのです。〈お煮かけそば・うどん　二人前2,500円〜〉これってあのおにかけそば？　だけど、鬼じゃなくて“お煮”だ。煮込みそばってこと？ けんちんそばとどう違う？……葛藤しつつも、“食はためし”と、この「お煮かけそば」を注文しました。するとやってきたのは、大きな鍋とコンロ、野菜など具材、そしておそばのセット。<img class="wp-image-12570 size-full" src="https://yukotabi.static.yukoyuko.net/wp-content/uploads/2018/02/image007-3.jpg" alt="お煮かけそば" width="500" height="750" /> 具は白菜、水菜、もやし、油揚げ、しめじ、えのき、にんじん、ごぼう、ネギ、ワカメ。※写真は2人前鍋の中には──醤油ベースでしょう──茶色いおダシがたっぷりと。鶏肉のかけらが浮いているのは、たぶんダシをとるためでしょう。店員さんが鍋をコンロにのせて具材を入れ、火をつけます。しばらく待つと鍋の具がグツグツと煮立って来ました。すると──。「じゃ、どうぞ、そばを入れてください」差し出してきたのが、柄杓（ひしゃく）のような笊（ざる）。ここに、ゆでて小さい玉にしたそばを入れ、鍋に放り込むンだそう。そして温まった頃合いに鍋から出し、野菜などの具と一緒に食べるという……。<img class="wp-image-12563 size-full" src="https://yukotabi.static.yukoyuko.net/wp-content/uploads/2018/02/image009-2.jpg" alt="そばのしゃぶしゃぶ" width="750" height="500" /> 一玉ずつゆでて食べる。まるでそばのしゃぶしゃぶ。なんて豪快！これこそが、「おにかけそば」の正体でありました。これは、昔の農家のまかない食で、囲炉裏に鍋を“煮かけ”ておき、手の空いた者から、そばやうどんを入れて温め、食べていたことからこう呼ばれているそう。そばを鍋に投じることから「とうじそば」とも。ついに長年の謎がとけました！（鬼じゃなかったのはちょっと残念ですが……）さて、そのお味はというと、ほどよく温められたおかげで、そばの香りが引き立ち食欲をそそります。鶏肉や野菜、きのこの旨味が溶け出したつゆは、素朴で優しく、体にすっとしみ込むよう。具材もたっぷりで食べ応え十分。あ〜、しみじみうまい！江戸のソバ切りはもともと食事の間のおやつだそうですが、これは“食事”そのもの。かつては家族で囲炉裏を囲み、わいわい楽しく食べたのでしょう。雪国の厳しくもあたたかな家族団らんの風景が目に浮かびます。“鬼”どころか、食べれば笑顔がほころぶ、“福そば”でありました。温泉なら島崎藤村ゆかりの中棚荘でりんご風呂をさて、温泉はというと、はりこし亭のそばにある、中棚温泉『中棚荘』をお勧めします。（じつははりこし亭は中棚荘の経営）。<img class="wp-image-12564 size-full" src="https://yukotabi.static.yukoyuko.net/wp-content/uploads/2018/02/image011-2.jpg" alt="中棚荘" width="750" height="500" /> 温泉ツウの間では情緒あふれる名旅館として知られる中棚荘は、“島崎藤村ゆかりの宿”です。明治の文豪・島崎藤村は、明治32年、小諸義塾という私塾に英語と国語の教師として赴任し、7年間ほどを小諸で過ごしています。その後、作家デビューするために教師を辞め東京へ行きますが、結婚したのも小諸であるなど、藤村にとっては“忘れえぬ場所”でした。そんな藤村を小諸で支えたのが小諸義塾の塾長・木村熊二。木村が協力して、明治31年に開湯したのが中棚鉱泉、今の中棚荘です。木村の書斎「水明楼」も近くにあったことから、藤村もちょくちょく中棚荘に足を運んだそう。歌集『千曲川旅情の歌』にも──“千曲川いざよふ波の　岸近き宿にのぼりつ　濁り酒濁れる飲みて　草枕しばし慰む”むろん“岸近き宿”とは中棚荘のことです。そんな島崎藤村の代表作『初恋』にちなんで、中棚荘では毎年10月から5月ころまで、内湯の湯船にりんごを浮かべる「初恋りんご風呂」を行っています。<img class="wp-image-12565 size-full" src="https://yukotabi.static.yukoyuko.net/wp-content/uploads/2018/02/image013-1.jpg" alt="初恋りんご風呂" width="750" height="500" /> 泉質はアルカリ性単純温泉。露天風呂は源泉かけ流しだ。湯船にプカプカ浮かぶりんご越しに、遠く信州の山々を望む……。りんごを手にとってみると、ほんのりと甘酸っぱい香りがします。「まだあげ初めし前髪の──」ふと、島崎藤村の「初恋」の一節が口に出ましたが……悲しいかな、その先が続きません。でも、そんな気分、わかってくれますよね？<blockquote>はりこし亭所在地　　長野県小諸市古城区中棚乙1210電話番号　0267-26-6311<a target="_blank" href="http://nakadanasou.com/meal/harikoshi/" target="_blank" rel="noopener">はりこし亭のホームページ</a></blockquote><blockquote>中棚荘所在地　　長野県小諸市古城中棚電話番号　0267-22-1511料金　　　1泊2食付き1万1556円〜※初恋りんご風呂は日帰り入浴も可（11:30-14:00　大人1,000円）<a target="_blank" href="http://nakadanasou.com/" target="_blank" rel="noopener">中棚荘のホームページ</a></blockquote>● 中棚荘や小諸周辺の宿は<a target="_blank" href="https://www.yukoyuko.net/yado-area/L06/P17/S170007" target="_blank" rel="noopener">こちら</a>から検索（2018年2月17日公開）&nbsp;

【連載】ご当地グルメ、忘れえぬ味「第1回 長野のおにかけそば」

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